【第28号】字をきれいに
太極拳のあのスローな動き…。あれにどんな意味があるのかと思っていたが、ゆっくりした動きに神経が集中すると雑念がとれてリラックスできるらしい。そこでピンときたのである。日頃我々医師は診療情報提供書、診断書、カルテ記載、注射指示、処方指示など様々な書類の記載を強いられているが、これらの書類の記載をゆっくり丁寧に書けば仕事をしながらにして休養できるのではないかと。しめしめ、これで仕事をしながら休養できる。
私の字は汚いということで悪評で、スタッフからは『何と書いてあるのか』しばしば照会があるし、患者家族の皆様からは、『達筆で読めない』などと言われる。字をゆっくり綺麗に書けは、休養しながら悪評も払拭できる...夢のようなプロジェクトである。夢はさらに広がる。カルテを綺麗に書いて書道の道に進み、書道○段などとまた資格がひとつ増える。おー、昔のサムライみたいでかっこいいか…なんて(笑)。
外来でカルテを丁寧に記載してみる。姿勢を正して綺麗に字を書くと確かにスッと気分が楽になる感じがある。でも心なしか外来の進行が遅い。隣で外来ナースが『まだなの?』とすこしいらついている感じがわかる。
病棟で注射処方箋をゆっくり書いてみる。なかなか仕事が終わらない。そのうち夕方になって回診の時間もなくなってくる…。夕方に注射処方箋を書きあげると病棟的にはそれは夜間指示の扱いになるらしい。指示受け漏れが多くなるので色を変えて書いてくれなど新たなクレームも来る。
東洋医学会の代議員立候補の推薦状を書いてもらうために5人の先生方に封書を書いていた。スローで丁寧に書いていた。するとみるみる時間は過ぎ、出席を予定していたセミナーにも間に合わず、病院を出た時にはビールパーティーに行って戻ってきたスタッフとすれ違う時間帯になっていた。
こりゃだめだ。現在の仕事量が続く限り字は悪筆で我慢していただくしかないというのが結論である。スローでリラックスは例の標準予防策で決められた手洗いの時、窓から利府の風景を眺めながら石鹸でゆっくり丁寧に手を洗う時ぐらいにするしかないようである。
発行日:2010.10.01